ブログ Blog

ファクシミリの話 Part①

こんにちは

生活支援員の高桑です。

ファクシミリは、文字や図形や写真などの静止画像を
細かい画素に分解し、電気信号に変えて、伝送し受信側
は紙面上に再生する通信方式です。

 

ファクシミリは、日本でしか製造がされてなく、全世界が
日本のファクシミリを使って通信しています。

 

ファクシミリに関する余り知られていない面白話を
シリーズでさせてもらおうと思っています。

 

第一回の今日は、メーカーのルーツについてです。

1972年の通信回線の自由化や1980年のG3ファクシミリの
CCITT国際標準勧告が行われ、ファクシミリの市場が一気に
活性化され、日本の電機メーカー・通信メーカー・事務機
メーカーなども開発・製造にに乗り出しました。

 

1970年代までは、ファクシミリ通信は、高価な通信手段で、
(その頃は、1台500万円もしました)使用するのは、報道
会・鉄道会社・警察組織・特定の企業に限られていました。

1990年代半ばまでFAX通信網契約数は、右肩上がりで増え続け
1984年・・・・18,000件
1987年・・・・369,000件
1994年・・・・678,000件に達しています。

 

パソコンやインターネットの普及でFAX通信は、徐々に
減ってきていますが、紙の形でエビデンスを残す用途では
根強く使われています。
ちなみに、2017年のファクシミリの世帯普及率は35.3%です。

 

戦時中、我が国唯一の通信社は同盟通信社でした。
1945年GHQは、同社に即時業務停止命令をし解散しました。
全国の新聞社・NHK参加の通信社(共同通信社)と出版中心の
通信社(時事通信社)が設立されました。
広告業務は(電通)へと散りばめられました。

 

同盟通信の技術部は、独立し東方電機となり、新聞社や気象庁
などの写真電送機及びファクシミリ(当時は模写電送機と
言った)を専門に開発・製造していました。

 

優秀な技術者集団でしたが、研究が十分にできる財源のない
会社で「給料より、研究費を」求める技術者は、大手電機
メーカーの技術部に移籍したようです。(日立・東芝・日本
電気・沖電気など)

 

1980年代のファクシミリ黄金時代は、この技術者達の努力の
上に成り立っていることも忘れてはなりません。

 

一方、東方電機は、1962念に松下グループに入り、ファクシミリ
の専門メーカーとして歩み、1970年に松下電送機器に社名変更、
断トツの占有率で業界のリーダーとなりました。

 

メーカーと需要家(主体と客体)の一致が図られれば、市場は
成長発展します。

 

パスセンターでは、いつも客観的に市場を見る力や市場の
ニーズに応えられる人になるための学習もしています。

 

直接でもオンラインでも見学できます。
お越しいただけることをお待ちいています。

一覧へ戻る
お気軽にお問い合わせください
045-443-6334